システム完成までに要する期間が長く,システム完成までの工程を複数に分けて,それぞれ契約を締結することになりました。ユーザである当社としては,工程ごとに契約を分けて順番に契約を締結していくと,システムの完成が当初のスケジュールより遅れたり,開発費用の総額が予定よりふくらんでしまわないかが心配です。何かよい方法はあるでしょうか。
比較的大規模なシステム開発においては,多段階で契約を締結することがよくあります。そのような場合には,全体の費用や完成時期について定めた契約書がない例も多いため,それらの事項について一定の拘束力を持たせる基本合意書を締結しておくことは有用です。

(1)システムの完成までを一括で請け負う構成(一括契約方式)とシステム開発を複数の工程に分けて工程ごとに個別契約を締結する構成(多段階契約方式)のいずれを選択するか

システム開発のプロジェクト開始前は,システムの全貌が明らかになっていないため,完成までに必要な工数や期間等を正確に見積もることが難しく,一括でシステムの開発を請け負う契約を締結することはユーザ・ベンダの双方にとって適切でない可能性があります。ベンダにとっては,規模を過小に見積もってしまうというリスクがあり,ユーザにとっても,ベンダがバッファを見込んだ高額な見積もりを提示する可能性があるというデメリットがあります。

このような問題は,工程を複数に分割し,前工程の結果を踏まえて次工程に関する契約を締結する(多段階契約方式)ことにより,一定程度解決することが可能です。例えば,ひとまず要件定義工程に関する個別契約を締結し,要件定義作業が完了し,要件が確定した段階で,次工程以降の契約を締結すれば,要件定義の結果明らかになったシステムの要件や全体の規模等を踏まえて,次工程の基本設計工程に必要な工数や金額を見積もることができます。比較的大規模なシステムを開発するケースでは,システム開発の全工程を複数に分けて,各工程にかかる契約を締結する例が多くあります。そして,多くのシステム開発がウォーターフォール型で進められていることに照らすと,このような契約実務は,開発の実態にも合致しているといえるでしょう。

もっとも,システム開発プロジェクトを開始する以前において,システムの仕様や全貌が明らかでないというのは,その規模によらず,システム開発一般における特徴であると言えますが,すべての場合において多段階契約方式をとることは適切ではありません。多段階契約方式をとることで,交渉・契約締結に関する時間や手間は一定程度増大するためです。システム全体の規模感と,上記で述べたような多段階契約方式におけるメリットを照らして検討した上で,システムの完成までを一括で委託する構成(一括契約方式)をとるか,システム開発を複数の工程に分けて工程ごとに個別契約を締結する構成(多段階契約方式)をとるかを決定すべきでしょう。
なお,経産省モデル契約,JEITAモデル契約,及びJISAモデル契約のいずれにおいても,工程ごとに個別契約を締結する多段階契約方式が採用されています。

(2)多段階契約方式の場合における基本合意書(LOI(※1))の有用性

もっとも,多段階契約方式をとる場合,工程が進行するごとに次工程の契約を締結することとなるため,最終的にプロジェクト開始当初の見積もりを上回る委託金額が提示されるのではないか,予定されていた稼働時期が守られないのではないかという不安もあるでしょう。

このような不安への対処としては,プロジェクトの開始時点において委託金額の総額や,システムの本番稼働時期を明示した基本合意書を,基本契約及び個別契約とは別途締結することが考えられます。プロジェクト開始当初の見積金額や最終完成時期について,完全な法的拘束力を生じさせるような合意をすることは難しいと思われますが,「本件システムの開発費総額は,●円とする。ベンダはこれを増額する必要があると認めるときは,合理的な説明をしなければならない。」等と定め,プロジェクト開始当初における金額や納期にかかる合意事項を明示しつつ,金額の増加や納期の後ろ倒しが生じる場合にはベンダに説明義務を課すといった内容とすることが考えられます。このような内容を定めた場合に,金額の増加や納期の後ろ倒しという事情のみをもって,直接にベンダに損害賠償等の責任が生じる可能性は低いと思われますが,金額や納期の著しい乖離が生じた場合や合理的な説明がなされない場合には,ベンダに一定の責任が生じる可能性もありますし,少なくとも,プロジェクトを進めていくうえでの両当事者の指針として働きうるという事実上の効果が期待できるでしょう。

※1
このような書面はLetter of Intent(LOI)などと呼ばれたりします。

(弁護士 久礼美紀子 H29.2.28)