当社は,インターネットユーザのインターネット上の行動履歴を収集・蓄積したデータ(以下「X社データ」という。)を保有し,利用者がXデータにアクセス・閲覧したうえ,インターネットユーザの行動履歴の分析を可能にするサービス「α」を提供している。サービス「α」の利用者であるY社は,何らかの不正手段を使ってXデータを複製して取得し,XデータをZ社に売却したようです。当社はいかなる法的根拠に基づいてZ社によるXデータの使用について責任追及をすることができるでしょうか。
本件でのZ社に対する責任追及の根拠としては,著作権法,不正競争防止法,不法行為法が考えられます。どの法律が使えるか,どの法律を使うべきかは,Xデータがどのような内容のものであるか,X社においてどのような管理がなされていたのか,Xデータを取得した時点でのZ社の認識はどのようなものであったのか等により変わってきます。

(a)契約による保護・所有権による保護

Z社に対し,「α」の利用に関する契約に基づいてXデータの消去等を請求することはできません。契約は契約当事者(X社・Y社)のみを拘束するものだからです。また,無体物であるXデータには所有権は生じないので,所有権に基づく返還請求等もできません。所有権は所有「物」について生じる権利であるところ(民法206条),「物」とは「有体物」を指すものだからです(民法85条)。

よって,本件では,専ら,以下に述べる著作権,不正競争防止法,不法行為法によるXデータ保護の可否を検討する必要があります。

(b)著作権法による保護

まず、「Xデータ」について,著作権法に基づく利用差止請求(著作権法112条1項)をすることから考えてみましょう。

著作権法は,データベースのうち,情報の「選択」又は「体系的な構成」に創作性が認められるものを著作物として保護しています(著作権法12条の2第1項)。どのような場合に「創作性」が認められるのかは難しい問題ですが,いずれにしても,データベースの構築にあたり,人間が情報の「選択」又は「体系的な構成」をし,そこに創作性が認められることが必要です。

具体的には,Xデータが,インターネットユーザによるインターネット利用履歴を単に時系列にそって収集,蓄積したのみのものだとすれば,Xデータについては情報の「選択」にも「体系的な構成」にも創作性は認められないと思われます。

他方,Xデータが,上記のようにして収集したインターネット利用履歴を元に,さらに一定の選定基準に基づき情報を選定したり,収集・選定された情報を整理統合するため,たとえば,年齢,性別,利用時間,サイト閲覧履歴から想定される嗜好等といった項目やこれらの構造,形式等に関する決定に基づき情報が整理されたものだとすると,情報の「選択」又は「体系的な構成」について創作性が認められ,Xデータが著作権法上のデータベースとして保護される可能性が出てきます。

(c)不正競争防止法による保護

Xデータの保護に関して他に考えられる法律として,不正競争防止法があります。不正競争防止法は,秘密として管理されていて(秘密管理性),有用で(有用性),公然と知られていない(非公知性)情報を,「営業秘密」として保護しています(不正競争防止法2条6項)。

まず,Xデータを利用したサービス「α」が提供されていることに鑑みても,Xデータに「有用性」が認められることはほぼ間違いないと思われます。「非公知性」についても,Xデータを構成する個々のデータは公知であったとしても,それらの集合体であるXデータが公知でなければ,未だ「非公知」の情報として扱われ得るでしょう。

問題は「秘密管理性」です。この要件については,近時,その情報が秘密として管理されていることが認識できる程度の管理がなされていれば足りるとする見解が一般的です。この考え方によれば,X社は,社内的には,Xデータにアクセスできる者を限定するなどの管理をし,「α」利用者であるY社との関係では,XデータがX社の営業秘密であることを「α」の利用契約等で明示しておけば,「α」の秘密管理性が肯定され得るでしょう。

以上のように,Xデータは不正競争防止法上の「営業秘密」としての保護を受ける場合があります。もっとも,X社がZ社に対して不正競争防止法に基づく使用差止請求等ができるのは,Z社がY社からXデータを購入した当時,Y社が不正の手段によってXデータを取得したことを知り又は重大な過失により知らなかった場合に限られます(不正競争防止法2条1項5号)。X社がY社の悪意や重過失を立証するのは,簡単ではないことが多いでしょう。

(d)不法行為法による保護

Xデータが著作権法上のデータベースや不正競争防止法上の営業秘密に該当しない場合であっても,Z社が,XデータはY社がX社から不正に取得したものであることを知りながら,Xデータを使ってX社と競合する営業活動を行っているような場合であれば,民法709条に基づく損害賠償請求をすることも考えられます。

もっとも,著作権法などの知的財産法で保護されない「情報」の利用について不法行為の成立が認められた事例はそれほど多くはありません。また,民法709条に基づき請求できるのは損害賠償請求のみであり,Xデータの使用差止請求はできないという限界もあります。

(e)実務上のポイント

以上のとおり,本件でXデータの法的保護を求める根拠としては,著作権法,不正競争防止法,不法行為法が考えられます。もっとも,Xデータがどのような内容のものであり,X社においてどのような管理がなされていたのか,Xデータを取得した時点でのZ社の認識等により,使える法律が変わってきました。

上記のような各事情を検討して,事案に応じた適切な法的構成によりXデータの法的保護を求めることになります。

(弁護士 高瀬亜富 H29.2.28)