ディープラーニングの手法を利用したAIシステム(以下,単に「AIシステム」といいます。)の開発を委託しようと考えています。以前にAIとは無関係のソフトウェア(以下「従来型ソフトウェア」といいます。)の開発を委託した際の契約書があるのですが,これを流用しても問題ないでしょうか?

AIシステムに関する開発委託契約を締結するにあたっては、従来型ソフトウェアの開発委託契約とは異なる考慮が必要になってきます。また,そもそも論として開発手法や契約の建付け自体も変更すべき場合が多いでしょう。AIシステムの開発を委託するにあたり,従来型ソフトウェアの開発委託に関する契約書を流用することはお勧めできません。

1 従来型ソフトウェアとAIシステムの相違点

AIシステムの開発は従来型ソフトウェアの開発と多くの点で相違すると指摘されています。ここでは以下の2つの例を取り上げてみます。

  • ① 初期段階で成果物の仕様を特定することが困難であること
    従来型ソフトウェアの開発では,開発作業の上流工程でどのような仕様のシステムを開発するのかを委託者・受託者間で合意し,受託者は当該合意に沿った成果物(ソフトウェア)を開発するべく作業を進めていくことが多いです。
    他方,AIシステムは,開発に用いるデータセットの内容により成果物の出来が左右されるなどといった事情から,従来型ソフトウェアと比べて開発作業の初期段階では成果物の内容を確定的に予測することが難しいといわれています。
  • ② 成果物に関する権利帰属・使用条件等についてAIシステム固有の考慮が必要であること
    従来型ソフトウェアに関する開発委託契約の場合,主な成果物はプログラムです。その権利(著作権)の帰属や当事者間の利用条件等をどうするかについては,著作権法の規定やこれまでの契約実務の蓄積もあり,ある程度明確に規定することができます。
    他方,AIシステムに関する開発委託契約の場合,主な成果物としてはプログラムに加えて学習済みパラメータ(学習用データセットを用いた学習の結果、得られた係数をいいます。詳細は割愛しますが,AIシステムではこの学習済みパラメータの果たす役割が非常に重要です。)が考えられます。この学習済みパラメータには著作権等の知的財産権は生じず,著作権法等のデフォルトルールが存在しないため,原則として契約で合意した内容が当事者双方の利用条件等の全てということになります。

2 AIシステム開発委託契約締結の際の注意点

上記1に記載した従来型ソフトウェアとAIシステムの相違点を踏まえた対応としては,以下のようなものが考えられます。なお,❶及び❷はそれぞれ上記1の①及び②に対応しています。

  • ❶ 開発方式や契約の建付け・枠組み自体を変える
    AIシステムについては,開発初期に成果物の内容を予測することが難しいことから,(従来型システムのように)初期段階に開発すべきシステムの仕様等を確定する開発手法ではなく,委託者が想定しているようなAIシステムが開発できそうか段階的に確認・作業を進めていく開発手法をとることが推奨されています(経済産業省「AI・データの利用に関するガイドライン」(平成30年6月))。具体的には以下のとおり段階的に進めていくことが想定されています。
  • A アセスメント段階
    学習済みモデルの実現可能性を検討する段階
  • B PoC段階
    新たな概念やアイデアの実現可能性を示すために部分的に実現してみる段階
  • C 開発段階
    AIシステムを開発する段階
  • D 追加学習段階
    開発したAIシステムにさらなる学習をさせて性能の向上を目指す段階

上記のとおり,従来型ソフトウェアとは異なった開発手法でAIシステムを開発するのだとすれば,当然,契約で規定すべき事項も変わってきます。この点のみからしても,従来型ソフトウェアの開発委託に関する契約書をAIシステムの開発案件に流用することは適切ではないといえます。
なお,先に引用した経産省のガイドラインには上記各段階で取り交わす契約の注意点が記載されていますので,社内で契約書を作成等される場合にはご参照頂くと有益でしょう。

  • ❷ 学習済みパラメータに関する委託者・受託者双方の利用条件等を明確に合意する
    AIシステムでは成果物としての学習済みパラメータが重要であることは既述のとおりです。ところで,この学習済みパラメータには著作権等の知的財産権は生じないため,委託者=受託者間において特段の合意がなされていない限り,委託者・受託者ともに法的な制約なく学習済みパラメータを自由に利用できることになります。
    しかし,委託者の立場からすれば,受託者が自社の大事なデータセットを使って開発した学習済みパラメータを使用して競業他社にAIサービスの提供を行う等といった事態は是非とも避けたいはずです。そのためには契約の際に受託者(ベンダ)と学習済みパラメータの使用条件について明確に合意しておく必要があります。この場合に考えられる規定の例としては以下のような内容があります。
  • A 委託者の事前承諾がない限りベンダは学習済みパラメータを使用できないこととする。
  • B ベンダは委託者と直接的にも間接的にも競合しない第三者に対してのみ学習済みパラメータを使用したAIサービスを提供できるものとする。
  • C ベンダは学習済みパラメータを自由に利用できるが,委託者に対し,予め委託者と合意した使用料を支払うものとする。

3 その他にも従来型ソフトウェアの開発委託契約との違いは多々ある

ここでは従来型ソフトウェアとAIシステムの相違点のうち大きなポイント2点を取り上げました。しかし,両者の違いはこの2点のみに限られるわけではありません。AIシステムの開発委託を行う場合には従来型ソフトウェアの開発委託の際の契約書を流用することは止め,AIシステムの特徴・性質に留意して新たな契約書を作成するべきでしょう。
なお,委託者の立場では受託者(ベンダ)から契約書のひな形を提示されることが多いと思いますが,この契約書をチェックする際にもやはり従来型ソフトウェアとAIシステムとの相違点を踏まえた検討が必要です。適宜専門家のアドバイスを求めることも検討されると良いでしょう。

2019年9月19日