システムの開発が完了し,実運用が開始されるにあたって,ベンダと運用・保守契約を締結することになりました。ベンダが保守・運用を行うことと,1カ月あたりの保守費用が定められている簡素な契約案を提示されましたが,運用・保守契約であればこの程度で問題ないでしょうか。
「運用・保守業務」という説明で,内容が一義的に定まるものではありませんので,対象のシステムや対象の業務を明確に定めることが必要です。
運用・保守契約は長期継続的契約であることも多く,また,障害の発生等によって業務に及ぼす影響も大きくなりがちであるため,重要なものであり,各条項をしっかり吟味して慎重な検討・交渉を行った上で締結した方がよいでしょう。

システムの運用・保守については,継続的に支障なくシステムを使用することを可能とするために実施されるものといった共通理解はあるものの,運用・保守業務の内容は,システムを構成するソフトウェアの性質や,ユーザとの役割分担(ユーザ自身においてどこまでの対応ができるか等),ベンダとユーザの関係(システムを開発したベンダか否か等)によって様々であり,「運用・保守業務」という説明で,内容が一義的に定まるものではありません。

ユーザとベンダの認識の齟齬を回避するためには,運用・保守契約においては,まず,その対象を明確に定めておくことが重要です。
具体的には,(1)保守業務の対象となるシステム,(2)行うべき業務の内容を定義することが必要です。

運用・保守の対象システムの定義としては,ソフトウェアのみを対象とするのか,ハードウェアも対象とするのかといった内容を明確にすることのほか,複数のベンダが関与して開発されたサブシステムが連携しているようなシステムを対象とする場合には,責任の所在があいまいにならないよう,どの範囲まで,運用・保守の対象とするかを明確にする必要があるでしょう。

行うべき業務についても,できるだけ明確に定めることが必要です。「運用」「保守」に該当しうる業務としては,対象システムの稼働状況の監視や,システムのバックアップ,ユーザからの問い合わせ対応といった日常的・継続的な業務もあれば,トラブル発生時の応急対応といった臨時的な業務もあります。パッケージソフトウェアの保守の場合,ベンダがソフトウェアのアップデート版を提供することもあり,アップデート版の提供を含めることも多くあります。また,不具合の修補が対象になることも多く,システムの機能改善や機能追加も対象となることがあります。
契約の対象となる業務の範囲を確定したあとは,各業務について,詳細な条件を定めることも必要です。例えば,対象システムの稼働状況の監視という業務であれば,どの時間帯に行うのか,どのような種類の監視を行うのかといったことを定める必要がありますし,機能改善や機能追加という業務であれば,作業範囲が無限に広がらないようにするために,一定の工数内で対応できる作業に限定したり,一定の事由(法令の改正等)に応じた改修・更新のみに限定したりする等,作業範囲を明確にしておく必要があるでしょう。

運用・保守業務の条件について,詳細にわたる内容がある場合には,契約書本文にではなく,SLA(Service Level Agreement)等の保守業務の仕様書を別途作成し,その中で,条件の詳細を定めることもよく行われます。SLAについては,SLA作成時の注意点をご参照ください。

運用・保守契約は,開発業務の終わりの多忙な時期に締結されることが多く,慎重な検討がなされないまま締結されることもしばしば起こり得ます。しかし,運用・保守契約は,システムの開発委託に関する契約と比べて一時的に支払う金額は大きくありませんが,5年,10年以上続く長期継続的契約となることも多く,その場合の支払総額は開発委託契約を超えることあり得ます。また,運用・保守契約はシステムの稼働中の対応に関するものですが,稼働中においてひとたび障害が発生した場合,業務に及ぼす影響が大きくなりがちです。運用・保守契約も開発委託契約と同等またはそれ以上に重要なものであると言え,慎重な検討・交渉を行った上で締結した方がよいでしょう。

(弁護士 久礼美紀子 H29.2.28)