当社(X社)は,Y社が優れたソフトウェアαを保有しているため,Y社からαのライセンスを受けて使用しようと考えているのですが,Y社の規模が小さく,事業の継続性に不安があります。αのライセンスを受けるにあたり,どのような点に注意すべきでしょうか。
Y社が倒産した場合,X社は,αのソースコードを入手できない状況に置かれる可能性が高く,αをバージョンアップしたりするなどの改変をすることに支障が生じます。また,Y社の管財人からαのライセンス契約を解除されると,X社は,法律上もαの使用を継続するための権限を失います。このような不都合を回避するためには,Y社とのソフトウェアライセンス契約の締結に際して,エスクロウエージェントも交えた三者間でソフトウェア・エスクロウ契約を締結しておくことが考えられます。

(a)ライセンサが倒産したら?

ソフトウェアライセンス契約では,通常,ユーザにはオブジェクトコードのみが開示され,ソースコードが開示されることはほとんどありません。そのため,ライセンサであるY社が倒産した場合,X社は,自ら又は他のベンダに依頼してソフトウェアのメンテナンス等を行わなければなりませんが,ソースコードを有していなければ事実上不可能です。

また,著作権法はライセンスについて第三者対抗要件を備えるための制度を用意していませんので,Y社が破産し又は会社更生手続が開始された場合,X社は,差押債権者と同様の立場に立つ破産管財人又は更生管財人に対し,ソフトウェアライセンス契約に基づくユーザとしての地位を対抗できません。

さらに,Y社について破産手続又は会社更生手続が開始された場合には,ライセンス契約は双方未履行契約にあたるものとして管財人から解除される可能性があります(破産法53条,会社更正法61条)。ライセンス契約が解除されると,X社は,同契約に基づくαの使用権限を失ってしまいます。

このように,ライセンサが破産した場合,ユーザは非常に不安定な地位に置かれてしまいます。

(b)ソースコードを確保する手段

上記のようなライセンサ倒産時の弊害を回避するための制度として,ソフトウェア・エスクロウがあります。

ソフトウェア・エスクロウとは,ソフトウェアライセンス契約を締結するにあたって,ソースコードや一定のドキュメント等を第三者(エスクロウ・エージェント)に預託しておき,ライセンサの信用不安を示す一定の事情が生じた場合に,エスクロウ・エージェントからユーザに当該ソースコード等を開示・提供させる制度です。

ユーザの立場からすれば,ソフトウェア・エスクロウ契約を締結しておけば,事業の継続性に不安があるY社のような企業とも安心してソフトウェアライセンス契約を締結できるようになります。ライセンサの立場としても,通常時にはソースコードの開示を回避しつつ,倒産等の事業継続が困難になった場合に限ってソースコードの開示を約することにより,営業秘密を守りつつユーザが安心してソフトウェアを使用できる環境を整えることができる点で有益です。

日本におけるエスクロウ・エージェントとしては,一般財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)があり,同センター所定のエスクロウ契約書が用意されています。

(c)管財人によりソフトウェアライセンス契約が解除された場合,X社の使用権はどうなる?

ところで,ソフトウェア・エスクロウ契約を締結していたとしても,Y社の管財人からソフトウェアライセンス契約を解除されてしまえば,結局,X社はαの使用を継続できないのではないか,との疑問も生じます。

しかし,これではユーザの地位保全を目的とするソフトウェア・エスクロウ契約を締結する意義が失われてしまいます。ソフトウェア・エスクロウ契約はライセンサ倒産時等のユーザによるソフトウェアの使用継続を可能にすることを目的に締結されるものである以上,ソフトウェアライセンス契約及びこれに基づくソフトウェア・エスクロウ契約に関する合理的意思解釈として,ユーザはソフトウェア・エスクロウ契約に基づき開示されるソースコード等の使用を継続できると考えるべきです。

この理解によれば,ソフトウェアライセンス契約が解除された場合でも,X社は,エスクロウ・エージェントから開示・提供を受けたソースコード等に関して,著作権法上自由に為し得る「使用」や,著作権法47条の3で許容される複製・翻案等の「利用」を為し得ることになります。

※令和2年の著作権法改正により、破産管財人に対して利用権を対抗できるようになったため、同年10月1日以降の破産開始決定については、ライセンス契約を解除される可能性は無くなりました。本改正については、別記事「続・ライセンサの破産に備えて(令和2年改正著作権法)」をご参照ください。

(弁護士 高瀬亜富 H29.2.28)