当社(X社)は,Y社が優れたソフトウェアΑを保有しているため,Y社からΑのライセンスを受けて使用しようと考えているのですが,Y社の規模が小さく,事業の継続性に不安があります。Αのライセンスを受けるにあたり,どのような点に注意すべきでしょうか。

基本的な考え方及びエスクロウエージェントも交えた三者間でのソフトウェア・エスクロウ契約の締結については,「ライセンサの破産に備えて」をご覧ください。

本稿では,令和2年改正著作権法により,著作物を利用する権利(利用権)にも導入された当然対抗制度についてご紹介します。

1.  著作物を利用する権利に関する対抗制度の概要

このところ毎年のように改正されている著作権法ですが,令和2年改正著作権法により,著作物を利用する権利(利用権)についての当然対抗制度が導入されました(新63条の2)。これにより,ライセンシ(利用者)は,ライセンサ(著作権者)が利用許諾の対象である著作物(e.g.ソフトウェア)に関する著作権を第三者に譲渡した場合などにおいても,第三者に対して自らがその著作物の利用許諾を受けている当然に主張できるようになりました。

このような改正は,平成23年特許法改正により,通常実施権(特許発明に関する非独占的な実施権のことです)について導入された,当然対抗制度に倣ったものといえます。

もともと,不動産に関する物権の得喪及び変更については登記が,動産に関する物権の譲渡については引渡しが,それぞれ第三者対抗要件とされていますが(民法177条及び178条),これら制度をその源泉として捉えると,骨格を理解しやすいでしょう。

なお,この著作物の利用権に関する当然対抗制度は,令和2年10月1日からすでに施行されています[i]

2.  著作物を利用する権利に関する対抗制度の導入の経緯

我が国にも,著作権登録制度[ii]がありますが,我が国著作権法上,著作権については著作物を創作した時点で自然に発生するものとされており,著作権の譲渡についても登録をしなければその効力が生じないわけではないため,不動産に関する登記制度や,特許権に関する登録制度のように,その取引をした場合に,まず登記しよう,まず登録しよう,というような姿勢で利用されてきた制度とはいい難いところです。

とはいえ,著作物を利用する権利についても,ライセンサ(著作物の利用を許諾する側)が著作権を譲渡した場合,または,ライセンサが破産した場合に,不動産取引等と同様に,譲受人または破産管財人にその利用する権利を主張できるのか(対抗できるのか)という論点が,往々にして問題となってきました。

この問題に対する一つの対応策として,「ライセンサの破産に備えて」でご紹介しているソフトウェア・エスクロウ契約がありますが,この方法(のみ)では,ソースコードは確実に確保できるものの,利用者(ライセンシ)がソフトウェアについて保有していたライセンス(利用権)がどうなるかは必ずしも明らかではなく,予測可能性がない状況でした。

このような状況の中,「知的財産立国として安定した知的財産の利活用を促進す」べく法制度を整備しようということで,令和2年改正著作権法により,著作物を利用する権利についても,登録等を備えなくとも利用者(ライセンシ)がその利用権を譲受人等の第三者に対して当然に対抗することができるようになりました[iii]

3.  著作物を利用する権利に関する対抗制度のポイント

当然対抗制度が整備されたことにより,具体的にどのようなことができるようになり,また,どのようなことに気をつけなければならないのでしょうか。

(1) 破産管財人の双方未履行契約の解除権

ライセンサに限らず,自然人または法人について破産開始決定がなされた場合,破産財団に属する財産の管理処分権は全て破産管財人に帰属することになるのですが(破産法78条1項),これにより,破産管財人は,双務未履行契約を解除することができるようになります(破産法53条)。
著作権のライセンスについても,利用許諾契約の内容が,例えば,月毎や年毎に対価を払うというタイプの場合,来月や来年など未だ双方が未履行である部分については,破産管財人がこの解除権を行使することができると考えられています。
そこで,債権者に配当する原資となる破産財団をできるだけ増やすこと・減らさないことが任務である破産管財人は,破産財団の負担になるようなライセンス契約については,この解除権を行使してくることが想定されます。

このため,ライセンサの破産時にライセンシの地位が不安定になる=ライセンス契約が解除されてしまう可能性が生じる,または破産管財人により解除されてしまう,というのが従来の問題点でした。

しかし,今般の当然対抗制度により,破産管財人に対しても,利用権を対抗できるようになったので,ライセンス契約を解除される可能性は無くなりました。

(2) 利用権を対抗できるとしても…プログラムのメンテナンスの趨勢

とはいえ,ライセンサがプログラムのメンテナンスもしている場合には,ライセンサが破産して法的に無くなることにより,利用許諾を受けているプログラムをメンテナンスできるスキルのある者がいなくなるというリスクは,当然対抗要件制度が導入されても残ったままですので,そのような場合に備えた対策は依然として必要です(「ライセンサの破産に備えて」ご参照)。

(3) 利用権を対抗できるとしても…どのような範囲まで対抗できるのか

また,破産管財人が,利用許諾を受けているプログラムを第三者に有償譲渡することにより破産財団の増殖を図る場合もあり得ます。
このような場合,当該第三者にも当然対抗制度の導入によって利用権を対抗することはできますが,従前のライセンス内容・条件まで対抗できるのかという論点が残されています(承継説と非承継説[iv])。

すなわち,破産前のライセンス契約におけるライセンス料やライセンス期間といったようなライセンス契約の内容まで対抗できるのかという問題は,平成23年改正特許法による通常実施権の当然対抗制度と同様に,実務における解決に委ねられています。
仮に,(承継説の考え方に立ち)ライセンス契約の内容・条件まで第三者に対抗できると考えたとしても,従前のライセンサと同レベルでプログラムのアップデートやアップグレードをすることができる譲受人である保証はどこにもありません。
また,譲受人が,従前のライセンス契約における更新のタイミングで,ライセンス契約に従って解除・解約してくるというリスクは残されています。

そのようなリスクに備えて,当然対抗制度が導入された現在においても,ある程度の長期間にわたって利用を継続したいプログラムについては,どのようにしてメンテナンスを図るのか,引き続き検討・対策していく必要があると言えるでしょう。

4.  プログラムの著作物に係る登録制度の整備

なお,令和2年改正では,著作権法とともにプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律(プログラム登録特例法)も改正されました[v]
当該改正は,訴訟等での立証の円滑化を図るため,著作権者等が事前に文化庁長官の指定する「指定登録機関」(一般財団法人ソフトウェア情報センター)に登録をしたプログラムと,自ら保有するプログラムであって訴訟等で係争中のものとが同一であることの証明を請求できる制度が新たに整備され,創作年月日など登録による事実関係の推定効果を確実に享受できるようになりました(新4条)。

図 1:プログラムの証明の請求制度[vi]

なお,この改正については,令和3年6月1日からすでに施行されています[vii]

2021年10月11日


[i] https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r02_hokaisei/pdf/92724401_05.pdf
[ii] 著作権登録制度 | 文化庁 (bunka.go.jp)
[iii] 令和2年通常国会 著作権法改正について | 文化庁 (bunka.go.jp)
[iv] 「144 特許ライセンス契約のライセンサーの倒産と破産管財人の義務」(全国倒産処理弁護士ネットワーク「倒産法改正150の検討課題」金融財政事情研究会,2014年11月)
[v] 前掲注・ⅲ
[vi] SOFTICウェブサイト(https://www.softic.or.jp/touroku/syoumeiseido.pdf)より抜粋。
[vii] 前掲注・ⅴ