メタバースとはそもそも何なのしょうか。また、メタバースにおいては知的財産上どのような問題があるでしょうか。
メタバースとは、定まった定義があるわけではありませんが、概ね、3次元の仮想空間をもち、大規模多数が同時接続し、アバターを通じて様々な活動を行う世界であるといえます。メタバース上においては、例えば、デジタルツイン(バーチャルシティ)・アバター・デジタルアイテムに関する著作権法や商標法上の問題が考えられます。
1 メタバースとは
メタバースとは、Meta(超越)とUniverse(世界)を組み合わせた造語といわれています。
その定義は団体・人により様々で、例えば、日本国内におけるメタバース関連の団体によれば、「インターネット上で広がる三次元の仮想空間」(一般社団法人日本メタバース協会)、「仮想現実空間を利用し、ユーザー同士のコミュニケーションや現実さながらのライフスタイルを送ることができる世界」(一般社団法人Metaverse Japan)などと定義されています。
また、メタバースについて、その構成要素から定義するアプローチもあり、例えば、サイバースペース(電脳世界)を基本としつつ、以下のような条件を満たすものを、特にメタバースと定義する考えもあります[1]。
①3次元のシミュレーション空間(環境)を持つ。
②自己投射性のためのオブジェクト(アバタ)が存在する。
③複数のアバタが、同一の3次元空間を共有することができる。
④空間内に、オブジェクト(アイテム)を創造することができる。
さらに、上記定義をベースに、技術の進歩等を踏まえ、「大規模性」、「経済性」、「アクセス性」、「没入性」の4要素を加え、以下の7要件を満たすオンラインの仮想空間であると定義するものもあります[2]。
①´空間性
②´自己同一性
③´大規模同時接続性(筆者注:上記③に定義するようないわゆる「同時接続性」と比べて、「大規模性」が必須の条件であるとされている)
④´創造性
⑤ 経済性(筆者注:現実と同様にユーザー間において経済活動をし得る)
⑥ アクセス性(目的に応じて複数のアクセス手段の中から最適なものを選び得る)
⑦ 没入性(アクセス手段の一つとしてAR/VR等の没入手段が用意されており、没入感のある充実した体験をし得る)
他にも、「永続的に存在する」ことや、異なるプラットフォーム間をユーザー・アバター・アイテム等が自由に行き来できる「相互運用性」を求めるもの(いわゆる「オープンメタバース」などと称されるもの)、運営側がコントロールしなくとも秩序が生まれていく「自己組織化」を求めるものなどもあり[3]、議論は尽きない状態です。
もっとも、「メタバース」の定義を確定させること自体が目的ではありませんので、今後の議論の前提として、「現在考えられているメタバースというのは概ねこういうものなのだ」というイメージを持ってもらえば足りると思われます。
2 メタバースと知的財産権の接点
メタバースは、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)技術、通信・インターネット技術、サーバー技術、デバイス技術、3Dコンピューティング技術、AI・自動化技術、ブロックチェーン技術等の数多くの技術に支えられており、また、メタバース上でもデジタルデータにより世界が構成され、また、ユーザーが日々経済活動・創作活動を行っており、新たな文化が生じるなど、いたるところに知的財産権の問題が生じます。
今回は、メタバースと知的財産権の接点が問題となり易い「デジタルツイン・バーチャルシティ」及び「アバター・デジタルアイテム」に着目して説明します。
(1)デジタルツイン・バーチャルシティ
まず、メタバース上において、現実世界の建築物等をデジタルデータ化し、サイバー空間において再現する場合(以下「デジタルツイン」といいます[4])や、これによりメタバース上に実在都市をモチーフとした仮想空間(以下「バーチャルシティ」といいます[5]、)を構築する場合、特に、ア:著作権法上の問題、イ:商標法上の問題についてよく検討する必要があります。
ア:著作権法上の問題
デジタルツインに関して、著作権法上は、大きく分けて、①建築物等そのものに係る権利侵害と、②建築物等に付随するもの(看板、広告、オブジェ等)等の権利侵害のおそれがあります。
①については、
・そもそも建築物等が「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)などとして保護されるか、
・メタバース上への再現が「複製」(同法2条1項15号、21条)、「翻案」(27条)に該当するか、
・著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(同法30条の4)や、
・公開の美術の著作物等の利用(同法46条)に該当し、利用可能といえないか、
・メタバース上への再現が、著作物の「改変」にあたるとして、著作者人格権の侵害(同法20条1項)に該当しないか、
などの論点があります。
また、②については、①と同様に著作物性、複製・翻案該当性、各例外規定の適用や著作者人格権侵害が問題となるほか、
・再現する建築物等に「付随」する著作物として利用可能といえる可能性もあります(同法30条の2)。
各論点のより詳細な解説記事を別途投稿しております。こちらからご覧ください。
イ:商標法上の問題
次に、デジタルツインに関して、商標法上は、主に、デジタルツイン上に表示される他人の商標に関する「使用」(商標法2条3項)又は「商標的使用」該当性(同法26条1項6号)などの問題があります。
商標法上、商標権の効力は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様(筆者注:いわゆる「商標的使用」)により使用されていない商標」には、及ばないとされております(商標法26条1項6号)。
この点、デジタルツインの作成・提供においては、需要者が、デジタルツイン上に表示が再現された商標について、作成・提供者と結び付けて認識するおそれが低いような場合、商標的使用ではないといえる可能性があるように思われます。
各論点のより詳細な解説記事を別途投稿しております。こちらからご覧ください。
(2)アバター・デジタルアイテム
ア:著作権法上の保護
ユーザーが作成・販売するアバター・デジタルアイテムについて、これらは全てデジタル(3DCG)データであるため、一つ一つが著作物として保護される可能性が高いといえます。
また、(1)デジタルツイン・バーチャルシティにおいて述べたのと同様に、現実に存在する物(衣服・雑貨等)を模してデジタルデータを作成する場合、当該デジタルデータが著作物として保護されるとともに、現実の物自体も著作物として保護されている可能性がありますので、権利処理の際には留意が必要です(デジタルデータにより再現した衣服や家具等自体について、実用品であるから著作権による保護に馴染まないのか、美的鑑賞の対象となり得る美的特性あるものとして著作物に該当し得るのかは、別途検討が必要といえます)。
イ:商標法上の保護
商標権の効力は、指定商品・役務と同一又は類似の商品・役務についての使用に及びます(商標法25条、37条)。
よって、デジタルアイテムに他人の商標が付され、メタバース上で販売される場合、現実の商品・役務とメタバース上の商品・役務の同一・類似性が問題となります。
デジタルアイテムと著作権・商標権について、詳細な解説記事をを別途投稿しております。こちらからご覧ください。
ウ:その他の権利
また、メタバースにおけるアバターとは、メタバース上における自分自身の分身となる重要なデータといえますので、上記の他にも、メタバース上におけるアバターに化体する人格権(アイデンティティ権)やパブリシティ権を保護すべきではないかといった議論もなされています[6]。
3 おわりに
今回は、メタバースとは何か、また、メタバースと知的財産権の接点として、「デジタルツイン・バーチャルシティ」及び「アバター・デジタルアイテム」に関する知的財産上の問題を紹介しました。
今後も、本稿で取り上げたメタバースに関する法律問題を含め、重要論点をピックアップして解説していきます。
2023年5月30日
[1] 舘暲・佐藤誠・廣瀬通孝監修、日本バーチャルリアリティ学会編『バーチャルリアリティ学』(2011年・特定非営利活動法人日本バーチャルリアリティ学会)250-251頁。やや古い文献ではありますが、現在流行し、いわゆる「メタバース」とされているものにも通ずるところがあり、また、簡易・明快な定義であって、注目されます。
[2] バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(2022年・技術評論社)27-32頁。
[3] Matthew Ball『The Metaverse: What It Is, Where to Find it, and Who Will Build it』https://www.matthewball.vc/all/themetaverse
及び当該記事を紹介・解説する加藤直人『メタバース さよならアトムの時代』(2022年・集英社)30-49頁。
[4] 代表的なデジタルツインについて、国土交通省が主導する日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクトPLATEAU(https://www.mlit.go.jp/plateau/)等もご参照。
[5] 詳細について、バーチャルシティコンソーシアム(KDDI株式会社、東急株式会社、みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社、一般社団法人渋谷未来デザイン)による「バーチャルシティガイドライン ver 1.5.1」(http://shibuya5g.org/research/docs/guideline.pdf)等もご参照。
[6] 知的財産戦略本部「メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題への対応に関する官民連携会議 第三分科会(第1回)」参考資料2-1
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kanmin_renkei/dai3bunkakai/dai1/sankou2-1.pdf 等参照。