メタバースにおけるいわゆるデジタルツイン上の看板・広告に他人の商標が表示される場合、商標法上、どのような問題があるでしょうか。

例えば、現実世界の建築物等をデジタルデータ化し、サイバー空間において正確に再現したもの(いわゆる「デジタルツイン」)においては、当該建築物等に他人の登録商標が表示された看板や広告等も併せて再現することがあり得ます。この場合、当該看板・広告に他人の商標を表示し、また、当該デジタルツインのデータを提供する行為が商標権侵害とならないのか、といった問題があります。


1 商標法上の「使用」について

(1)「使用」の定義
 商標の「使用」の定義は、商標法2条3項各号に規定されていますが、その中でもデジタルデータにおける商標の表示に関する「使用」行為は、以下のような類型が考えられます。

・商品……に標章を付したものを……電気通信回線を通じて提供する行為(同2号)
・電磁的方法……により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為(同7号)
・商品若しくは役務に関する広告……を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為(8号)

(2)デジタルツインにおける「使用」
 デジタルツインの活用法としては、例えば、
①デジタルツインのデータそのものをダウンロード形式で販売又は頒布等する行為
②提供者が当該デジタルデータをアップロードしたサーバに利用者がアクセスする形式のサービスにより、当該デジタルデータをストリーミング形式で提供する行為
などが考えられます。
 そして、他人の商標の表示との関係では、例えば、①でいえば、当該デジタルデータ(デジタルツインとの関係でいえば、例えば店舗の3Dデータ等が想定されますが、現実世界で手に持てるような衣服等をデジタルデータ化したデジタルアイテムを想像するとイメージが付きやすいかもしれません。)に他人の商標を表示させ、当該デジタルデータを商品として販売等する行為は、商品に標章(他人の商標)を付したものを、電気通信回線(インターネット等)を通じて提供する行為(上記2号)であるとして、他人の商標を「使用」していると考えられます。

 また、②においても、ストリーミング形式での当該デジタルデータの提供は、電磁的方法により行う映像面を介した役務の提供に当たり、デジタルツインにおける他人の商標の表示が、その映像面に標章を表示して役務を提供する行為(上記7号)に該当する可能性、又は、デジタルツイン上に、他人の商標が付された「広告」が表示されているとして、商品等に関する広告を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為(上記8号)に該当する可能性があります。

 なお、現実世界の店舗等をデジタルデータ化する際に、外観の特徴を残したまま、当該店舗等に付随する他人の表示を削除すれば、「商標」の「使用」に該当せず、商標権侵害等を免れるとも思われます。
 もっとも、例えば、当該店舗等の外観(形状)が、立体商標として登録されている(かつ、指定商品とデジタルアイテムとが同一又は類似する[1])場合[2]は、商標法違反になる可能性もありますので、留意が必要です。

2 デジタルツインと商標の「使用」及び「商標的使用」

(1)「商標的使用」とは
 商標権の効力は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様(筆者注:いわゆる「商標的使用」)により使用されていない商標」には、及ばないとされています(商標法26条1項6号)。
 そこで、上記デジタルツイン上の他人の商標の「使用」が、「商標的使用」に該当せず、許容されないか(自由に使用可能ではないか)ということが考えられます。

(2)デジタルツインにおける「商標的使用」
 例えば、デジタルツインの提供目的が、ある街並みをメタバース上に再現し、この街並みを自由に探検して回れるゲームコンテンツの背景として利用することにある場合、その街並みの一端に表示される他人の商標について、ユーザーは、当該商標と当該ゲームコンテンツの提供者とを結びつけて認識する可能性は低く、この場合、商標的使用ではないといえる可能性があるように思われます。

 他方で、例えば、デジタルツインの提供目的が、あるデパートの外装、内装を再現し、当該デパートやデパート内のテナントに表示されるロゴ等の他人の商標をそのままに、そのロゴが表示されたテナント内においてデジタルアイテムの販売を行うことにある場合、ユーザーは、当該商標と当該デジタルアイテムの提供者とを結びつけて認識する可能性が高く、商標的使用を否定することは難しいようにも思われます。

 つまり、デジタルツインにおける商標の使用についても、リアル空間における商標的使用と同様に、実際の表示及び需要者の受け取り方を具体的に検討し、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない態様での使用といえれば、商標的使用に該当しないと考えられます。

2023年6月7日


[1] そもそも、商標権の効力は、指定商品・指定役務(商標の登録出願時に指定した商品・役務)と同一又は類似の商品・役務について商標を使用する行為にのみ及びます(商標法25条、37条)。したがって、登録商標の指定商品が現実の商品のみであって、デジタルアイテムを含んでいない場合、現実の商品とデジタルアイテムとが類似するかという点も問題となります。この点、現実の商品の用途・機能(例えば、衣服でいえば身体を包み隠したり、防寒目的等)とデジタルアイテムのそれ(デジタルな衣服データであれば鑑賞目的やアバターの装飾等)を比較すると、両者は同一ではなく、また、類似もしていないようにも思われますが、前例に乏しく、今後の議論が注目されます。

[2] 例えば、特徴的な飲食店の外観が商標として登録されている場合等があります(商標登録第5851632号等)。