クラウドサービスを利用して管理・保管していたデータが消失した場合,クラウドサービス事業者に対して損害賠償を請求することはできますか?

一般論としては,クラウドサービス事業者の故意または過失によりデータが消失した場合,損害賠償を請求することは可能と考えられます。ただし,データの消失による損害額を立証できなかったり・・・・・・・,利用規約中の免責規定が適用されるなどした場合には損害賠償請求が否定される可能性もあります。

1 はじめに

クラウドサービスの一環としてのデータ保管サービスを利用することが一般的になってきています。このような中,2012年にはレンタルサーバー事業者による大規模なデータ消失事故が発生していますが,このような事故が発生した場合,利用者はクラウドサービス事業者に対して損害賠償を請求することはできるのでしょうか?

以下,事業者が機器の故障や誤操作などで顧客のデータを消失させてしまった事案に関する裁判例を紹介しつつ,解説します。

2 データ消失事故に関する裁判例

(1)広島地裁平成11年2月24日判決(平10(ワ)422号)

本件は,ハードディスクの増設を委託された事業者が,その作業中に,増設した新ディスクをフォーマットすべきところ,誤って旧ディスクを初期化し,旧ディスク内の既存データを消失させてしまった事案です。

裁判所は,事業者は専門業者として必要とされる相当な注意を怠ったことによりデータを消失させたとして不法行為の成立を認めました。ただし,消失したプログラムが未完成であり客観的価値の算定が困難である等の理由により,データそのものについての損害賠償請求は否定され,慰謝料100万円のみ認定されています(委託者がデータのバックアップをとっていなかったことを理由として50%の過失相殺がなされており,結論としては50万円の損害賠償請求が認められています。)。

(2)東京地裁平成13年9月28日判決(平12(ワ)18753号・平12(ワ)18468号)

本件は,ダイヤルアップ型IP接続サービスに付随するサービスとしてユーザウェブサイトのコンテンツファイルを保管するサービスが提供されていたところ,事業者の作業ミスによって保管されていたコンテンツファイルが消失したという事案です。

裁判所は,事業者の注意義務違反があるとした上で,ウェブサイトの再構築費用,及び,ウェブサイト再開までの営業できない期間分の逸失利益を損害として認めました(ただし,上記(1)の裁判例と同様に,委託者がデータのバックアップをとっていなかったことを理由として50%の過失相殺がなされています。)。

なお,本件では,事業者が,サービス約款中の免責条項を理由に損害賠償責任は負わないと主張していましたが,裁判所は,当該免責条項の適用範囲を限定的に解釈し,本件での適用を否定しています。

(3)東京地裁判決平成21年5月20日(平20(ワ)24300号)

本件は,共用サーバホスティングサービスにおいてサーバの障害事故が生じ,保存されていたプログラム及びデータが消失したという事案です。

本件ではクラウドサービス事業者とユーザの間に別の企業が介在しており,両者に直接の契約関係はありませんでしたが,裁判所は,クラウドサービス事業者が定めていた利用規約中の免責規定(事業者の帰責性に基づきサービスを全く利用できない状態が24時間以上継続した場合にのみ損害を賠償し,それ以外のいかなる責任も負わないという内容)を理由にクラウドサービス事業者の損害賠償責任を否定しました。

3.実務上の留意点

データ消失事故に関する裁判例の集積はまだ多くはありませんが,上記各裁判例から敢えて一般的な傾向を導くのであれば,データが消失するという事故に関して,その保管事業者が責任を負うこと自体は認められており,あとは契約等によってどこまで免責されるか,消失による損害はどの程度か等という問題に帰着するといえそうです。

事業者としては,利用規約等に免責規定を設けておくことは必須といえます。免責規定を作成する際には,上記2の(2)の裁判例のような事態を避けるための工夫が重要になるでしょう(この点については「裁判例に学ぶ免責規定作成時の注意点」もご参照下さい。)。

他方,ユーザとしては,いかに技術が進歩しても事故の発生を100パーセント防止することは困難と考えられること,すべての損害に関する賠償請求が認められるとは限らないこと,データ消失事故による被害は金銭賠償によっては完全に回復できない可能性もあること等から,データのバックアップをはじめとする自衛策を講じておくことが重要と考えられます。

2019年10月9日