システム開発の作業が遅延し,納期の延期も2度ほど行われました。完成の目途がついたころに,ユーザから「これ以上継続しても完成の見込みがない」として,契約解除通知が届いた上,一部受領した報酬の返還も求められました。遅延の責任はユーザによる作業範囲,仕様の変更が主因であって,われわれにはないと考えますので,むしろ報酬の残額を支払ってもらいたいです。
システムが完成しない場合,原則としてベンダに報酬請求権は生じません。契約が解除されれば,既払金の返還義務すらも生じます。しかし,システム開発は,ユーザ・ベンダの共同作業という側面があり,遅滞,未完成の原因がベンダではなく,ユーザにある場合には,ベンダから損害賠償もしくは報酬請求できる場合もあります。

(a)システム開発におけるベンダの義務

システム開発を目的とする請負契約におけるベンダの義務は,第一義的には請負の目的物であるシステムを完成させるところにあります。しかし,システムは,ベンダの能力や努力だけで完成するものではなく,ユーザの主体的な参加と情報提供や協力が不可欠です。

したがって,システムが完成しなかった場合に,直ちにベンダの責任といえるかというと疑問があります。ユーザが要件や仕様を確定しなかったり,次々と仕様変更を申し出てきたりすることによってプロジェクトが遅延することもあるからです。

この点に関し,近時の裁判例では,システム開発業務がベンダ・ユーザの共同作業であることを前提としつつも,システム開発の専門家である開発業者は,次々と生じる課題,問題点を調整しつつ,適切にユーザの仕様を取りまとめて開発業務を推進するという「プロジェクト・マネジメント義務」を負うとされています(東京地裁平成16年3月10日判決。そのほか,東京高裁平成25年9月26日判決(スルガ銀行vs日本IBM事件)や,東京地裁平成28年4月28日判決でも類似する判断があります。)。

前掲平成16年判決では,その義務の具体的内容として次のように示しています。

ベンダは、ユーザにおける意思決定が必要な事項や、ユーザにおいて解決すべき必要のある懸案事項等について、具体的に課題及び期限を示し、決定等が行われない場合に生ずる支障、複数の選択肢から一つを選択すべき場合には、それらの利害得失等を示した上で、必要な時期までにユーザがこれを決定ないし解決することができるように導くべき義務を負い、また、ユーザがシステム機能の追加や変更の要求等をした場合で、当該要求が委託料や納入期限、他の機能の内容等に影響を及ぼすものであった場合等に、ユーザに対し適時その旨説明して、要求の撤回や追加の委託料の負担、納入期限の延期等を求めるなどすべき義務を負っていた

※原告・被告等については「ベンダ」「ユーザ」等に適宜修正。以下同じ。

これらの義務は,システム開発委託契約に明示されていたものではなかったものの,様々な事情に基づいて認められています。ベンダが,こうした義務を果たしたといえなければ,システムが未完成となってしまったことの責任を負うことになります。

(b)システム開発におけるユーザの義務

他方,システム開発は,ベンダの知識,経験のみに基づいて単独で進められるものではなく,ユーザとの共同作業であるという側面を有することから,同じくユーザ側にも,ベンダの作業に協力する義務(上記の各裁判例では「協力義務」と呼ばれることがあります。)があるとされています。

前掲平成16年判決では,協力義務の内容を次のように説明しています。

ユーザは、本件電算システムの開発過程において、資料等の提供その他本件電算システム開発のために必要な協力をベンダから求められた場合、これに応じて必要な協力を行うべき契約上の義務を負っていた

ユーザも,こうした義務を果たしたといえなければ,逆にシステムが未完成となった責任を負い,報酬の支払義務を負うことになる可能性があります。

(c)完成しない状態で紛争になると?

システムが完成していれば,上記のような「プロジェクト・マネジメント義務」「協力義務」が問題になることはあまりありません。冒頭の質問のような紛争になった場合,「完成しなかったのは,どちらの義務違反があったのか」ということが激しく争われます。

上記のような「プロジェクト・マネジメント義務」「協力義務」は,一言でいえば,「必要とされる時期に必要とされる自らの役割分担を適切に行う義務」ですが,プロジェクトが長期に渡ることを考えると,これを果たしたことを紛争発生後に立証するのは極めて困難です。この義務違反を示す証拠,あるいは義務履行を示す証拠として,プロジェクト進行中における「議事録」は重要です。課題の発生状況,その解決を促した事実,あるいは要望に対して受け入れたり拒絶した事実などは,議事録に基づいて認定されることがあります。プロジェクト進行途中の段階から,双方の義務履行状況(あるいは不履行の指摘状況)を第三者にもわかりやすいように記録しておくことが重要でしょう。

(弁護士 伊藤雅浩 H29.1.24)