今回,基幹システムを開発するにあたり,ERPパッケージを使用することを考えています。プロジェクトが始まる前の段階から,ERPパッケージのライセンスを購入することが求められています。導入に失敗した場合には支払ったライセンス料はどのように扱われるのでしょうか。
開発プロジェクトの初期段階においてライセンスを購入することを求められるケースが多く見られますが,本当に,初期段階で実際にシステムが稼働することになった際のユーザ数等を前提としてライセンスを購入する必要があるかを検討することが必要です。また,プロジェクトが頓挫した場合にも支払い済みのライセンス料の返還を受けることが難しいことを前提に,ライセンス購入の意思決定をすべきです。

システムを開発するに際しては,ゼロからすべて作成する(スクラッチ開発と呼ばれたり手組みと呼ばれたりします。)場合もありますが,パッケージソフトを使用し,それをカスタマイズすることにより対応することが多く行われています。

パッケージソフトを使用する場合,ユーザは,パッケージベンダからパッケージソフトのライセンスを購入し,SIベンダに導入・カスタマイズ開発業務を委託するという取引形態が一般的です。そのほか,SIベンダが代理店としてパッケージソフトの販売も行う場合や,パッケージベンダ自身が導入・カスタマイズ開発業務も実施する場合があります。

パッケージソフトを導入する場合に,ユーザとして,法務の観点から注意すべき点はあるのでしょうか。(なお,ここでのライセンスは,SaaSなどでよくみられるサブスクリプション型(月額課金等)ではなく,期間無制限で使用できるライセンスを想定しています。)

パッケージソフトを用いたシステムを利用するに際しては,パッケージのライセンスを購入することが必須ですが,開発プロジェクトの初期段階において購入することが多く見られます。パッケージソフトのライセンス料は,ユーザ数や,サーバ数,プロセッサ数などによって金額が定まることが通常ですが,プロジェクトの初期にパッケージのライセンスを購入する場合であっても,実際にシステムが稼働することになった際のユーザ数等を見積もり,それを前提にライセンス料が決定されます。パッケージソフトについては,購入と同時に保守契約の締結を求めるものもあり,この場合には,ライセンス購入と同時に保守料も発生します。

しかし,プロジェクトの開始当初において,実際にシステムが稼働することになった際のユーザ数等を前提としてライセンスを購入する必要はあるのでしょうか。

もちろん,システムが完成し,本番稼働に至れば,実際のユーザ数等に応じたライセンスが必要ですが,特に大規模なシステムなどでは,開発に年単位の期間を要する例も多く,本番稼働に至るまでの数年間は,本番ユーザ数等に応じたライセンスは必要がありません。開発やテストの段階で,パッケージソフトを使用する場面はあるかもしれませんが,その場合にも,実際に必要なユーザ数は,本番稼働時と比べて非常に少ないものとなるはずですから,その少ないライセンスを購入すれば足りるということになります。

さらに,システム開発プロジェクトはいつも予定どおり遂行されるとは限らず,稼働時期が大幅に遅れることもあれば,場合によっては,プロジェクト自体が頓挫してしまうということもあります。

プロジェクトが頓挫した場合,ライセンスは不要です。プロジェクトの完了が遅れた場合においても,少なくとも本番稼働に至るまでの間,ライセンスは不要であったと言えます。

では,この不要となったライセンス料等の返還をパッケージベンダに求めることはできるのでしょうか。

一般に,ライセンス契約においては,一度支払ったライセンス料は返還しないものとされています。そもそも,ライセンス料は,ソフトウェアを使用できる状態にしたことに対する対価であって,ソフトウェアが使用できる状態で提供されている以上,実際にユーザが使用しなかったとしても,それを理由に返還を求めることができる性質のものではありません。特に,パッケージそのものの不具合や瑕疵といった事情による場合でない限り,パッケージベンダに対して損害賠償請求をする根拠もありません。

では,SIベンダに対して,不要となったライセンス料相当の損害賠償を求めることができるのでしょうか。

SIベンダの不手際により,プロジェクトが頓挫するに至った場合には,債務不履行等を根拠に,頓挫によって被った損害の賠償を求めることが考えられます。ライセンス料は,プロジェクトが頓挫したために不要になったのであり,損害であるといえることから,SIベンダにライセンス料相当額の賠償を求めることは可能でしょう。しかし,この場合にも問題がないわけではありません。SIベンダとの開発委託契約においては,損害賠償について,SIベンダに対する業務委託料が上限とされている例が多くあります。このような上限があると,SIベンダに対して請求できるのは,せいぜいSIベンダに対して支払った業務委託料相当額にとどまり,それに加えて,ライセンス料相当額の賠償を求めることは困難です。

以上のとおり,プロジェクトの開始当初において,実際にシステムが稼働することになった際のユーザ数等を前提としてライセンスを購入することについては,弊害もあります。早期にライセンスをまとめて購入することによるディスカウントもあると思われますが,その条件と照らして,慎重にライセンス購入の時期・数量等を検討すべきと言えます。

(弁護士 久礼美紀子 H29.3.27)