- 当社はシステム開発を受託します。要件定義と基本設計のフェーズは予定通り成果物を納入し,代金の支払いも受けています。しかし,開発フェーズに至って当社の問題もあり,大幅な納期の遅延が生じています。
ユーザからは,もうこれ以上延期できないから,契約を解除したいと言われ,以下の金額について賠償するよう求められています。
・これまでのフェーズ(要件定義,基本設計)の代金
・このシステム開発に関して現在に至るまでに要したユーザ社内の人件費
・調達したハードウェア代金など,すべて賠償しろと言われています。
・システムが稼働した場合に達成できたはずのコスト削減分
当社は上記すべての金額について賠償責任を負うのでしょうか。 - 開発遅延がベンダ側の責任であるとするならば,ユーザは契約を解除することができます。その場合,先行するフェーズについては,別契約で支払も終わっているからといって,返還する必要がないとは言い切れません。ハードウェアについては,調達した目的,再利用の可能性などによって判断が分かれます。また,一般論として,発注者(ユーザ)の人件費や,システム導入による利益・コスト削減については,損害賠償として認められる可能性はあまり高くありません。
(a)上流フェーズの代金返還
ユーザの意向としては,システムが完成しないのであれば,上流フェーズで支払った代金については,たとえ別契約であったとしても全部返還してもらいたいところでしょう。この点に関し,「基本契約」「個別契約」・・という複数の個別契約を締結し,代金をこまめに回収し,上記のようなリスクに備えるという考え方があります。
しかし,スルガ銀行vsIBM事件の判決(東京高裁平成25年9月26日判決)では,不法行為という論法で,プロジェクトマネジメント義務違反があったと判断される時点以降に支払われた代金の返還を命じました。この判決は,個別の事案に対する判断にすぎませんが,上記のような契約を細分化することが必ずしもリスクヘッジにならないことを示す一例といえます。
また,一般に,上流フェーズの成果物が残るとしても,システム開発の手法は各社によって異なることから,設計書や仕様書を他のベンダに引き継ぐことが困難であり,再利用価値は高くないと言われています。そのように考えると,納品済の成果物には,受領した代金に相当する客観的価値がある,という主張は認められにくいといえます。
(b)ユーザ側の人件費と機会損失
契約解除,損害賠償を主張する側の多くは,自社の従業員の人件費相当額の賠償を求めることがあります。しかし,もともと従業員の給与などは発生するものであるので,ベンダの債務不履行によって,通常必要な限度を超えて発生したことを証明しない限りは,賠償を求めることは困難でしょう。例えば,東京地裁平成16年12月22日判決は
社内人件費は,雇用している限り必然的に支出すべき経費であり,これらの社員が他の業務に従事することにより具体的に利益が得られた等の特段の事情がない限り損害とは認められない
と述べています。
また,システム導入によって得られたはずの利益を求めることも同様に立証が困難だといえます。前掲スルガ銀行vsIBM事件でも,主張されましたが認められていません。
(c)ハードウェア代金など
システム開発契約を解除した以上,不要になったハードウェア代金やソフトウェアライセンス料の賠償も求められることがあります。当然,開発契約とは別契約になっていますし,ハードウェアの購入先とは第三者であったりすることもよくあります。
このような場合,調達したハードウェアやソフトウェア自体には瑕疵があるわけではないので,返品したり損害賠償を求めたりすることは,一般的には困難です。しかし,開発契約の解除に伴ってサーバの購入契約も解除したという事案において,「開発がなければサーバを購入していない関係にある」として解除を認めた事例もあります(東京地裁平成18年6月30日判決)。本件も特定の事例に対する判断であり,実際には,サーバの購入契約と開発契約の関係や,解除に至った経緯なども含めた個別的な判断にならざるを得ないでしょう。
(弁護士 久礼美紀子 H29.2.28)